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宇都宮地方裁判所 昭和56年(行ク)4号 決定

申立人 甲野太郎

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 本谷康人

被申立人 栃木県知事 船田譲

右指定代理人 櫻井登美雄

〈ほか八名〉

主文

本件申立てをいずれも却下する。

申立費用は申立人らの負担とする。

理由

一  本件申立ての趣旨及び理由は別紙(一)記載のとおりであり、これに対する被申立人の意見は別紙(二)記載のとおりである。

二  疎明によれば、A医療センターは、昭和五二年五月、開設者である申立人甲野太郎(なお、昭和五三年四月から昭和五五年一月までの間の開設者は申立人甲野二郎となり、その後再び開設者は申立人甲野太郎となる。)の申請に基づき、健康保険法(以下「健保法」という。)第四三条の三第一項の規定により保険医療機関の指定を受けたものであり、かつ、同時に、国民健康保険法(以下「国保法」という。)第三七条第一項の規定により療養の給付を取り扱う旨の同申立人からの申出を受理されたいわゆる療養取扱機関であり、申立人甲野太郎は昭和五二年五月一六日、申立人甲野二郎は昭和四六年八月一日、いずれも保険医及び国民健康保険医の各登録をした者であるところ、被申立人は、昭和五六年七月一〇日付け栃木県達第九〇号をもって、A医療センターについては健保法第四三条の一二第三号、国保法第四八条第二号に、申立人両名については健保法第四三条の一三第一号、国保法第四九条第一号にそれぞれ該当する事実があるとして、健保法第四三条の一二、第四三条の一三、国保法第四八条、第四九条の各規定に基づき、申立人甲野太郎に対し、A医療センターについての保険医療機関の指定及び療養取扱機関に係る申出の受理をそれぞれ取り消す旨の処分(以下「本件指定・受理取消処分」という。)を、申立人両名に対し、保険医及び国民健康保険医の各登録をそれぞれ取り消す旨の処分(以下「本件登録取消処分」という。)をしたことが一応認められる。

三  そこで、本案についての理由の有無につき検討する。

1  A医療センターの本件指定・受理取消処分について

(一)  疎明によれば、A医療センターの所在する栃木県下都賀郡B町(民生課)は、昭和五六年二月一〇日、同町の国民健康保険被保険者全員(一四一二名)に対し、国民健康保険に係る昭和五五年一一月診療分の医療費通知を行ったところ、昭和五六年二月二〇日ごろまでの間に八名の者につき、いずれもA医療センターに関し、通知を受けた通院日数と実際のそれとにそごがある旨の通報を受けたので、直ちに栃木県国民健康保険課にその旨の連絡をしたこと、連絡を受けた同課では、B町と協議の上、右八名に対し、電話による事情聴取をしたところ、そのうち七名の者から右通報とほぼ同内容の回答を得たこと、そこで、被申立人はA医療センターの診療報酬支払請求において架空請求及び付増請求が行われている疑いが濃厚であるとして事態を重視し、不当な保険診療が行われていることが疑われる場合に通常行うような指導は実施しないで直ちに監査を行うこととしたこと、そのためA医療センターから提出されているレセプト(診療報酬明細書)の中から健康保険関係(以下「健保関係」という。)三五名、国民健康保険関係(以下「国保関係」という。)三一名の患者を無作為に抽出し、同年四月二〇日から三日間にわたって当該患者に対し各レセプトの内容に関する調査を実施したこと(このように被申立人により行われた調査を以下「本件調査」という。)、その結果、健保関係では四件の架空請求と三二件の付増請求、国保関係では七件の架空請求と三一件の付増請求がされており、これらによる不正請求額は合計二〇三万二二三一円に達することが判明したこと、そこで、被申立人は、同年六月栃木県地方社会保険医療協議会に諮問してその答申を得、その間申立人両名に弁明の機会を与えた上、右調査結果に基づき前記のとおり本件指定・受理取消処分をしたことが一応認められる。

(二)  申立人両名は、A医療センターにつき診療報酬の不正請求の事実は全くなく、被申立人の本件調査はその方法が不当であり、その調査結果も真実に反すると主張し、申立人両名においても独自に本件調査の対象患者を回り、被申立人の本件調査時における返答は不正確であってA医療センターの主張する通院日数、投薬状況のほうが本件調査結果よりも正しいと思う旨を記載した書面に右患者らの署名押印を得た上、これらを疎明方法として提出している。

しかしながら、それらの資料はいずれも極めて形式的画一的に作成されたものと見受けられるばかりでなく、疎明によれば、申立人両名は、昭和五六年六月二〇日には、被申立人に対し、健保関係、国保関係につき架空請求及び付増請求をしていたことを認める旨の確認書を差し出しているのである。しかも、前記認定のとおり、B町の医療通知の結果に問題があるとして通報を寄せた者が八名おり、同人らは、自ら通知内容と実際とのそごについてB町に申し出たのであって、そこに何らかの強制ないし誘導が働らいているとは考えられないし(同人らの中には、家計簿の記載に照らして事実を申し出ている者があることも疎明されている。)、本件調査も個別的具体的に面接し、発問する方法により慎重に行われたことが一応認められる。他方、A医療センターの毎月の診療報酬支払請求の状況をみると、疎明によれば、健保関係では、昭和五五年二月から昭和五六年五月までの間の支払額及び件数は最高が三八六万八九四五円(二七一件)、最低でも二四一万三三九四円(一三三件)であるのに、本件調査を経て後監査の実施された昭和五六年六月は七八万八六七五円(一四一件)にすぎず、国保関係でも、昭和五四年二月から昭和五六年五月までの診療点数及び件数は、最高が一一九万六四三三点(四四一件)、最低でも七六万二六七五点(三八二件)であるのに、昭和五六年六月分は二六万三一一六点(三〇八件)にすぎず、いずれも昭和五六年六月分が件数においてさほど減少していないのに診療報酬支払額のみが激減していることが認められる(この点について、申立人両名は、昭和五六年六月は監査の当月であり、精神的にも圧迫されていて十分な診療ができなかったためであると弁明しているが、右報酬支払請求状況を件数を中心に比較してみると、国保関係では、昭和五六年六月分の三〇八件とほぼ同視し得る三一一件の診察件数のあった同年四月分の診療点数は八一万四七四点で、同年六月の二六万三一一六点はこれに比し著しく減少していることが認められるのであって、申立人の弁明は合理性がない。)。

これらの事情をもしんしゃくして考えると、申立人両名の提出に係る諸資料はたやすく信用し難く、いまだ(一)の認定を左右するには足りないというべきである。

(三)  (一)の事実によれば、A医療センターについては、本件指定・受理処分の前提とされた処分事由に該当する事実が存在し、同処分は適法に行われたと一応認めることができる。

2  申立人両名の本件登録取消処分について

本件登録取消処分は、前記二記載のとおり健保法第四三条の一三第一号、国保法第四九条第一号に該当するとしてされたものであり、このことと別紙(二)の第一の三及び第二の一の意見に照らすと、右処分は、いずれも健保法第四三条の六第一項の定める任務、具体的には、同条項にいう命令である保険医療機関及び保険医療養担当規則(昭和三二年厚生省令第一五号)第二二条に定められている診療録の記載義務に違背したことを理由とするものであると解されるところ、疎明によれば、申立人両名は、いずれもA医療センターの医療業務に携わっている者であるが、同施設における両名のカルテの記載事項とレセプトの記載事項とは一致していることが認められ、右事実に前記1(一)のとおりA医療センターに関するレセプトに基づく診療報酬支払請求において架空請求ないし付増請求がされたものと一応認められる事実を総合すれば、両名のカルテに実際の診療とは異なる事項の記載がされ、かつ、その記載により一連の不正請求が行われるに至っていたものと一応認めることができる。

また、疎明によれば、本件登録取消処分についても、これに先だって、前記1(一)のとおり所定の手続を経ていることが一応認められる。

右各事実によれば、申立人両名それぞれにつき本件登録取消処分の前提とされた処分事由に該当する事実が存在し、同処分もまた適法に行われたと一応認めることができる。

3  以上によれば、本件申立ては、いずれも行政事件訴訟法第二五条第三項の「本案について理由がないとみえるとき」に該当するものということができる。

四  そうすると、本件申立ては、いずれもその余の点につき判断するまでもなく失当というべきであるからこれを却下することとし、申立費用につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 奥平守男 裁判官 赤塚信雄 星野隆宏)

〈以下省略〉

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